
人間だれだって同じ
「社会を明るくする運動」自閉症の兄を持つ中学1年生男児の作文の紹介
人間だれだって同じ
「みんな平等であることが大切だ」と僕は思う。
僕は一人の弟で一人の兄を持つのだが、兄は生まれつき脳に障害がある人だったから、あまりうまくしゃべれないし、説明するのがとても苦手だったが、僕の家族はそんな兄を普通に対応する。
学校などでは、障害のある子は特別な教室で授業を受けて、周りの人からも特別な扱いを受ける。
しかし、それは本当に良いことなのか、障害のある人も人間なのだから、みんなと同じ接し方をしてほしいと言う願いがあるはずだ。
そう思うと、やっぱり障害者だけ特別に扱ったり、みんなとは別の道であゆんでいくと言う考え方は、違うのではないのかなぁと思う。
人間は、誰だって色々な人と同じように接してほしいとか、みんなと仲良くなりたいと思う気持ちが心のどこかに絶対にあるはずだ。だけど、それと障害者だからと言って、その人だけ違う接し方をするのは、差別だと思う。
前に、誰だって同じ気持ちと出たが、それは障害のある人だけではない。
そう感じたのは僕が11歳、小学校5年生の時だ。僕は当時、英語塾に通っており、その英語塾の企画で広島市の平和公園にいる外国人にインタビューしてみようと言うものだった。
そして当日、平和公園で2グループに分かれてインタビューしに行った。
そして、一人外国人を見つけた時に、怖いなぁとか、話せるかなぁなどの、緊張と不安が混ざり合った。大きい右ストレートが僕の心にあった。
そして深い深呼吸をして勇気を出して話しかけると、相手の外国人はとても優しく親切にインタビューの内容に答えてくれた。その後に見つけた外国人も全員優しくインタビューに答えてくれた。
この企画が終わった後も、楽しくない人は一人もいなかった。
このように、どんな人でも人と仲良くなりたいと思う気持ちは同じなのだ。外国人も、一回見ると初めは怖そうと思うかも知れないけど、話しかければ意外にフレンドリーな気持ちを持った人だっている。
だからまず見た目で判断するのではなく話しかけてみてから、いい人か悪い人を決めるべきだと思う。
初めに話した障害者の話と次に話した外国人の話の共通点は、やはり人間だから考えは誰だって同じと言うことだ。
確かに、その場の気持ちに流されずにその場で相手の気持ちを即座に判断して行動することは難しいことだ。
だけど、それが出来ないかと言って、あきらめるのはいけないと思う。
仲良くしたいとか仲間に入れてほしいとか、友達を作りたいと言う気持ちに答えてあげるべきだと僕は思う。
だから、すぐにあきらめてしまう、にごった世界をちょっと遠目に見て、未来が透き通った明るい社会を色々な角度から見て探すのも悪くないと思う。