れんくんブログ

れんくんのてらこや

【れんくん日記】

2022.10.19

お空からの贈り物①

ダウン症で生まれました

ダウン症の子を産みました

ダウン症の我が子が大人になりました

ダウン症で生まれたあーちゃんと生んでくれたママの「いのちの物語」です。(あーちゃんは昨年の11月に20歳になりました)と・き・ど・きパパ。

出来事と感情、時々パパの物語、素直なこころで描きます。

はじまり、はじまり~~

わたしの名前は明日香です。

今年二十歳になります。

趣味はオカリナです。

歌うこと、カラオケ大好きです。

家族はパパとママ、近所にパパのママ、ママのパパが住んでいます。

家族が大好きです。

自立訓練(福祉サービス)キャンパスの2年生です。あと2年半、学生生活を送ります。

卒業したら働くのかな・・・??まだわかりません。

好きな男子がいます。○○くん♡

興味は結婚して赤ちゃんが生まれること。

「赤ちゃん、かわいいね~」

家族ができるということ、生きていること、人形は大きくならないの?どうしてしゃべらないの?

時々、心がモヤモヤしたりざわざわしたりしてしんどくなることもあります。が、楽しいことが大好き。食べることも大好き。みんなの笑顔も大好き。

あーちゃんは

平成13年(2001年)11月15日

午後7時16分に生まれました。

身長 48cm

体重3028g

かわいい女の子です。

平成13年(2001年)2月

ママのお腹に赤ちゃんが宿りました。

待望の妊娠です。

パパとママは大喜びでした。

ピアニスト、歌手、女流棋士…

どんな子になるのかなぁ。

たくさん旅もしよう!

次から次へと夢が膨らみました。

ママのつわりは辛かったけど

“そーめん”と“スイカ”は

美味しく食べていました。

赤ちゃんが可愛らしい小さな小さな人の形になった、妊娠4か月になる少し前のことです。

ママは切迫流産になりかけ入院しました。

10日ほどたち「明日は退院!」と喜んでいた時でした。

平成13年3月24日震度6弱の大きな「芸予地震」が起きました。

ママは8階の病室のベッドの上で、小さな揺れを感じました。

次の瞬間、下から横から大きく揺れだしました。

悲鳴や泣き声があちらこちらから聞こえてきました。

気が付くとママも「きゃーっ」と叫んでいました。

するや否や水道管の破裂!

あっという間に8階にも関わらず20センチの浸水です。

「あ~もうダメだ~」とママは恐怖でいっぱいになりました。

ママと同じように赤ちゃんも怖かったのでしょう。ママのお腹はまた痛くなり出血してしまいました。

悲しいことに入院は延長になりました。

しかし、ママも赤ちゃんも頑張った結果、数日後には無事に退院となりました。

それから半年ほどたった平成13年11月15日、朝7時

「いったーい」「いててて・・・」ママのお腹が痛み始めました。

陣痛が始まりました!!

すぐに病院へと走ります。 いよいよですね。

「心音が、消えるなぁ…」と先生が難しい顔をします。

ママは「赤ちゃんの心臓を止めないで」と心で叫びながら頑張ります。

痛すぎる陣痛、その間中心臓が止まりそうな赤ちゃん。

悲しさと悔しさで泣きじゃくるママ。

赤ちゃんの心臓はママの願いは届かないのか、時々止まってしまいます。

ママの血圧がどんどん高くなり、ママも赤ちゃんも危険な状態です。

先生は「緊急帝王切開手術に切り替え~!!」と叫びました。

ママは泣きじゃくりながら祈りつづけました。

「赤ちゃんを助けて・・・」

陣痛のたびに、心拍停止になる我が子。ママの血圧も250を超えて、母子ともに危険な状況です。

緊急帝王切開手術となり、あーちゃんの誕生です。

朝7時に陣痛が始まってから、おおよそ12時間が経った、午後7時16分、赤ちゃんは小さな小さな、か細い「はぁ~~」という産声をあげこの世に生まれて来ました。

あーちゃんの誕生です。

ママは、ホッとしました。

「生きてるね~ 良かった~」

すぐに赤ちゃんの顔を見ることはできませんでしたが「生まれてきてくれてありがとう~」

我が子よ生まれてきてくれてありがとう。安心したママの意識はそのまま眠りへとおちていきました。

つづく・・・